この日は、朝から太陽が顔を出して少し蒸し暑かった。　そんな天気のせいかも知れないが、天白川の堤防

に設けられたアスファルトの歩道を「カメ」が、のっそのっそと��散歩�≠ｵていた。

　たったそれだけの光景に、一瞬、子どものころ、よく遊び場にしていた故郷の神社のことが思い出された。そ

れは、神社の池にカメがいて、そのカメが 池の横の渡り廊下のような感じになっている縁の下で 甲羅干しをし

ている光景だった。

　不思議なことは、カメは天白川に限らず何処でも見ているし、甲羅干ししている姿も何度も見ているはずなの

に、 何故この日、突然、今まで思い出したことのない 「神 社」 のことを思い出したのかと言うことで、 カメの思

い出をきっかけに、神社の土塀の内と外に敵味方に分かれて遊んだ「戦争ごっこ」のことや、土塀の屋根の上

を忍者の真似ごとをして走り回ったこと、境内の森に子どもたちで作った「隠れ家」のことなど、カメに直接関係

のない情景までもが次から次へと思い出されたのだ。

　歳と共に、 夜になって 昼間食べたものを聞かれても思い出せないことは、日常茶飯事であるのに、ちょっと

したきっかけで、何十年も前のことは鮮明に思い出される。何故だ？

　生まれて、まだ定まらぬ眼を通じて見聞きしたことから、数十年もの間に、数えきれない出会いがあるが、一

体、 記憶と言うのは、 身体のどこにどれだけ「保存」されていて、 それが、 どういうシステムで呼び戻されるの

か。どうでもよいことかも知れないが、 そんなことを考えていたら、記憶というものが、一層不思議なことに思え

てきた。

　出会いの、ひとつひとつは 必ず身体の何処かに刻まれているはずだが、普段からそれらのすべてを即座に

思い出すことは出来ない。 何かのきっかけがないと蘇ってこない。　しかも、きっかけにも色々あって、およそ、

考えもつかないことから突然、蘇ることもある。 そこで、上手く説明出来ないが、一生思い出すことがない記憶

と言うものが 身体の何処かに潜んでいるかも知れないと言うことだ。 それが、自分の意識とは別のところで、

何らかの影響を与えているのではないかと思う。

　カメの話に戻るが、甲羅干しをしていたカメにまつわる 「記憶」 の中に、忘れてしまった「何か」があるのでは

ないか。その「何か」が、突然、私の身体を刺激したのかも知れない。私には、これを今すぐ整理できないので

これまでにするが、いずれにしても、記憶と言うものは不思議なもので謎は深まるばかりだ。

　以前、このコーナーで触れたことがあると思うが、 私の天白川の撮影は、故郷の思いでがいっぱい詰まって

いる引き出しから、その思い出をひとつひとつ拾い出していくようなものと思っている。しかし、その思い出のほ

とんどは、その存在すら忘れてしまっていて、何かのきっかけがないと思い出すことが出来ない。

　従って、 天白川を歩くと言うことは、 そのきっかけを探しているようなもので、さらに言えば、知らない（正確に

は忘れてしまった）自分を発見することだ。


　
　名古屋市天白区原　　　　２０１２（Ｈ２４）７月１１日　撮影

　キャノンＥＯＳ５ＤＭａｒｋ�U　　２４〜１０５ミリ　Ｆ８オート　　ＩＳＯ４００　　ＷＢ太陽光